エピソードC社シリーズ6 

"F氏との交遊録 その5"
『"雲をつかむ旅"』の巻


"F氏"は社用でJAL806便にのって、大阪から札幌へ向かっていた。
雲の上をスイスイと快適な空の旅であった。途中までは…

と、突然飛行機がえらくグラグラと揺れだした。一番前の左手窓側席にのっていた"F氏"は、
スチュワーデスを呼んでたずねた。
『おいっ、飛行機がグラグラ揺れとるけど、どうなってるんや!』
スチュワーデスは平気な顔をして機内放送で答えた。
『え、みなさま、気流の関係で、飛行機が"多少"グラグラ揺れることがございますが、
飛行上何の支障もございません。』

しばらくすると、飛行機がもっとグラグラと揺れだした。"F氏"がふと窓から外をみると、
何と翼がグラグラ揺れているではないか。冗談じゃすまんぞこれは。
『おいっ、ねえちゃん!今度は翼がグラグラ揺れとるけど、ほんまに大丈夫なんやろな!』
スチュワーデスは平然として機内放送で答えた。『え、みなさま、気流の関係で、
翼が"多少"グラグラ揺れることがございますが、飛行上何の支障もございません。
しかし念のためにシートベルトをご着用下さい。』そして、機内電話で、コソコソと機長と話をした。
耳のいい"F氏"はスチュワーデスが『ヤバイ』という言葉を何度か発したのを聞きのがさなかった。

よくよく見ると、スチュワーデスは乗客よりもはるかに頑丈そうなシートベルトをはめていた。
"F氏"
は文句を言った。
『おいっ、なんでスチュワーデスの方が、乗客よりりっぱなシートベルトしとるんや!
スチュワーデスは顔色一つ変えず答えた。『はいっ!乗客の皆様をお助けするには、
まずスチュワーデスが助からないといけませんので、"多少"頑丈になっております。』

"F氏"
は一瞬何か変だなと思ったが、スチュワーデスが確信を持ってそう言い放ったので、
つい納得してしまった。

"F氏"がグラグラ揺れる左翼を見つめていると、
ついに翼は胴体からはずれて、後方に飛び散っていった
『おいっ、つっつっつばさがふっとんでいったぞ!!!』
スチュワーデスは落ち着き払って冷静に答えた。
『はいっ、気流の関係で、"多少"翼がふっとんでしまうことがございますが、
飛行上何の支障もございません。』F氏はついに恐怖のあまり気を失い、
この後のことは記憶にない。

結局、飛行機は目的地とまったくちがう空港に緊急着陸した。
『みなさま大変お疲れ様でした。飛行機は目的地と"多少"異なるところではございますが、
ただいま無事到着いたしました。』スチュワーデスのとぼけたアナウンスが遠くで聞こえた。

ちなみに"多少"という言葉は、このスチュワーデスの口癖であった。

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